early morning


「アンジェ?」


 黎明の時。
 これから世界が目覚めの時を迎えようとしている時分、レインは隣にいるアンジェリークに首をかしげた。
 彼女はレインに背を向けて、何やら頭を抱えていた。


「どうしたんだ? どこか具合でも悪いのか? あっ・・・」


 具合が悪い、に心当たりがあったレインは、そこでいったん間をとった。
 ひとつ咳払いをしてから、やや赤く染まった顔を改めて彼女に向ける。


「もしかして、具合が悪くなるほど昨夜お前に無理をさせたか? その・・・お前、初めてだっただろう」

「い、いいえ、それは大丈夫なのだけれど・・・」


 大丈夫と言いつつ、アンジェリークは背を向けたまま。
 レインはベッドをきしませながら、


「悪い。つらかっただろう。オレの我が侭のせいで、お前に無理をさせた」

「!」


 アンジェリークににじり寄ると、背中から抱きしめた。
 直に伝わる体温がいとおしい。
 彼女が息をのむ様がありありと伝わってきて、レインはさらに抱く腕に力を込める。


「オレが、お前をオレのものにしたいと言ったから・・・」

「違うわ。私が、レインのものになりたいと言ったのよ」


 アンジェリークはレインの腕の中で、ふるふると首を振る。
 昨夜はファリアンにて、クリスマスパーティが開かれていた。
 以前からの知り合いの誘いであったので、アンジェリークを誘って出席したのだったが。


 ――――嫉妬したのだ。
 彼女に近寄る者全てに。
 だから、強引に連れ出した。
 彼女の全てを自分のものにしたくて。


「だったら、どうしてお前はこっちを見てくれないんだ?」

「それは・・・」


 アンジェリークの声はそこで小さくなった。
 彼女を連れてファリアンの海辺近くの別荘へやってきた時。
 レインはアンジェリークに想いを告げた。
 自分の願望と共に。


 きっとアンジェリークは困るだろうと。
 そう思っていたのだが、彼女の答えは予想していたものとは違っていた。


「どうしたら、私はレインのものになれる? 私も、レインのものになりたいわ」

「アンジェ・・・!」


 二人きりの部屋。
 灯りは月明かりだけ。
 そのぼんやりとした灯りが、心もとなく二人の顔を映し出す。
 それ以外は何もない。
 辺りは人の声は、互いのものだけで、ただ潮騒だけが耳を打つ。
 ドレスアップした彼女は、不思議な力を持っていた。


「オレにお前の全てを・・・」

「ん・・・レイン・・・」


 自然と互いに近づいていったのは、その力の一端だろう。
 レインはアンジェリークを抱きしめると、耳元で囁く。


「愛している」


 ――――そうして二人だけの一夜を過ごした。
 夢のようなひとときは、少しずつ現実の色を帯び始めている。


「あ・・・あのね、私・・・。ごめんなさい」

「え? どうしたんだ、急に」

「だって」


 アンジェリークは手で顔を覆って、小さな声で続ける。


「昨日の夜はレインの言葉が嬉しくて、私自分でもびっくりするくらい舞い上がっていたの。だから・・・」


 今更ながら、とても恥ずかしくなってきたのだと。
 そう告げた彼女の言葉に、一瞬あっけにとられたレインであったが。


「ぶっ!」


 直後、盛大にふき出した。


「れ、レイン! そんなに笑わなくても」

「あははっ! 仕方ないだろう。本当に今更過ぎだな」


 抗議のために振り向いたアンジェリークは、初めて真っ赤になっている顔をレインに向けた。
 それは怒っているためというより、やはり照れているのだろう。
 それが分かったからこそ、レインはようやく目を合わせてくれたアンジェリークを、強く抱き締めなおした。


「良かった。今更、オレの気持ちは受け入れられないと、言われるのかと思った」

「そんなこと・・・それはないわ! 私、本当にレインのこと・・・」

「オレのこと?」

「あ・・・あのね・・・」


 こつんと額と額を合わせて、レインは息のかかりそうな距離で、アンジェリークの目をじっと見つめる。
 彼女の口からも聴きたかった。 
 はっきりと、自分と同じ気持ちの言葉を。


「ええと・・・」

「うん?」


 不意に熱い視線を受けたアンジェリークのほうは、しどろもどろになりながらも、一言だけ。


「――――」


 レインにしか聞こえない声。
 それを聴いたとたん、レインはあふれんばかりの笑顔を見せた。


「ああ。オレも」

「嬉しい・・・」


 少しずつ日の光が強まってきて、世界はまた動き出す。
 永遠かと思われた夜が、ゆっくりと明けていき、新しい日が始まろうとしていた。









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